2003年3月、千葉県市原の南総病院院長 酒枝先生から久しぶりに電話がありました。

「私も80歳になり、乗馬の回数もめっきり減った。せっかくの鞍を閉まっておくよりも、良かったら池上さんのところに飾ってくれないか・・・」

その鞍のシートは、セーム革(鹿革)で細かな模様が施され、あおり革にも家紋が浮き出ている手縫いの見事な鞍です。36年前父佐一が65歳の時に製作した鞍でした・・・。

匠の技

佐一は明治36年、富里・十倉の農家に生まれました。その頃の農家には農耕馬がおり、毎日馬の世話をしたり、馬に乗るのが大好きな少年でした。15歳になると、富里・両国の“はも”(馬車の道具で馬の首に掛けて使う)作りの名人である山本さんという方の紹介で、東京の馬具職人 種谷さんのもとへ小僧として入りました。

当時、馬車の馬具は黒が主流で、近所の銭湯に行くと染物家の小僧に間違えられたそうです。それほど手が黒くなったからです。

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馬具は宮内庁馬具、鉄道馬車、軍用馬車、郵便馬車などがありました。しかし、これからは、馬車から自動車の時代になると考えた佐一は、洋式馬具職人のところに夜通い、手伝いながら乗馬鞍の製作を覚えました。やがて年季が明け、親方の妹“すえ”と結婚。東京市京橋区越前掘に池上馬具店を開店しました。

やはり時代は自動車が馬車に取って代わり、池上馬具店も乗馬鞍製作に移っていきました。そして、日本で一番大きな京橋の西巻馬具舗の仕事をするようになりました。その頃(1913~1926年)の日本の馬具屋について、名古屋の三川屋馬具舗さんの故堀井富太郎 氏著書に「明治大正昭和三代天皇の鞍を作った八丁堀の池上は、鞍作りの名人」と書かれています。

昭和に入り、静岡県在住の飯島住夫兄弟が弟子入りしてきたのですが(右写真参照:右から2人が飯島兄弟です)、その頃が、池上馬具店の一番活気にあふれた賑やかな時でした。

三島市のホームページ「三島の工業」のページに飯島住夫さんが載っております。今もお元気で仕事をしているようです。

匠の技
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昭和18年、長男“豊”が誕生。しかし、戦争が激しくなり、富里に移り住み、再び東京にと思いながら、昭和22年現在地(富里・大和)に家を建てる。もちろん馬具の注文などは無く、かばん、財布、ランドセル、グローブまで、革製品は、何でも作りました。私も小学校入学時、革のランドセルを作ってもらいました。今も残っておりますが、さすが、馬具職人製です。

昭和23年、いよいよ待ち望んだ競馬が始まり、その頃には馬具職人も少なくなり、東京、船橋などから業者が出入りし、父には酒、私には当時珍しかった食パンなどを持ってきてくれました。

気にいらない仕事は断っていましたし、業者にとって酒は一番の武器でした。職人らしく朝の仕事前にコップ一杯、昼の晩酌はもちろんお決まりです。

昭和34年(1959年)、当時の皇太子様と美智子様ご成婚時の皇宮警察の鞍や東京オリンピックの警視庁騎馬隊の鞍も製作しました。小岩の菅谷さん、北川さんら馬具職人の方に応援に駆けつけていただき、40余りの鞍が家中に並べられていた時は壮観でした。その父も昭和51年73歳で死去しました。

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新東京国際空港ができる前、そこは広大な宮内庁御料牧場があり、そこで初めて競馬会が開催されたそうです。日本競馬発祥の地として、この辺りは日本でも有数な馬の産地で、ダービー馬、G1馬を育成した牧場が集まっております。社台牧場 シンボリ牧場 出羽牧場 下河辺牧場 栗山牧場 新田牧場 西山牧場 若草牧場 そして生産者ランキング上位の千代田牧場さん、他数多くの牧場があります。富里市は競走馬のふるさとです。

今私が酒枝先生の鞍を製作した父の歳に近づいて、父の凄さにあらためて驚いております。一度は馬具職人が嫌になり、上京してサラリーマンになりました。しかし、父に老いを見た時、再び修行を始めていました。妥協を許さない厳しい教えが私の財産です。一生かかっても父佐一には追いつけないと思います。

池上 豊

池上 佐一作

このページの追加部分(池上馬具店)を作っているときに、「そういえば・・・」と思っていたものがありました。アルバムを探していたら、でてきたんです。どうせなら、これも載せなきゃ、ということで、再追加版です。

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大正11年(1922年)、イギリスのエドワード・アルバート皇太子殿下が来日した際に、父の佐一が製作した儀礼馬車の御者台をご使用になられたのです。この写真は、そのときの記録と写真です。

当時、佐一は馬車職人としても知られており、当品も錦糸や銀糸の刺繍にて丁寧に作り上げた逸品です。この一週間後にアルバート皇太子と昭和天皇が親善ゴルフをしたことはちょっと有名な話です。

↓「平成の大礼」の際にも儀礼馬車の御者台は、披露されましたが、(下記の)写真に写ったものが、佐一が作ったその物自体かどうかは未確認です。ただ、あまり数多く作るものでもないだろうから・・・、もしかすると・・・(^.^)♪

匠の技
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※「平成の大礼」毎日新聞社発行

毎日グラフ別冊(1991.1.20)より

それでは、もう少し、佐一の鞍をご覧下さい。

匠の技
匠の技
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縫い目は、1mm~2mm 革を縫えるぎりぎりの細かさで、全体を仕上げています。

匠の技

シート

あおり革の部分に模様が浮き出ています。

銀製の家紋

匠の技
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あおり革にも家紋